十年目

東日本大震災から今日で十年になりました。
早いですね・・・

あの日、私は実家でいかなごを炊いてました。

そうしたら父親が、

「あれ(殺虫器)のヒモが揺れとうみたいなんやけど、地震か?」

そう言われて店に吊ってた殺虫器を見たら、確かにちょっと揺れてるっぽいが体感はなし。

「言われたら揺れとうかなあ・・・」

そのぐらいでした。

「地震かな」

と言いながらテレビを見たら、どうも地震があったらしい、みたいな感じ。

「東北みたいよ」

そう言いながらも、そんな遠くの揺れがここまで影響があるという意味がいまいち分かってない感じでした。

そうすると携帯が鳴り、見てみたらととろさんから。
当時、ととろさんは大阪の本町にあるビルで仕事をしてました。

「大丈夫?」

そう聞いて来たけど、その時もまだ「何が?」みたいな感じでした。
大阪のビルはさすがに結構揺れたらしく、急いで電話してきたのでした。

そうこうしてるとどんどん今はみなさんもご存知の津波の映像とか入ってきて、車がおもちゃみたいに水に流されるのをあんぐりという感じで見てました。

でもいかなご買ってるし、と炊いてたらくしゃみが出て止まらなくなってきて、鼻の奥は気持ち悪く、頭もぼーっとしてきた。
しかし、何があってもいかなごだけは炊いてしまわないと、と、最悪の体調の中、必死でいかなご炊いたけど、さすがにあの時炊いたのは少しつぶれてしまったなあ。

炊くだけ炊いて、

「耳鼻科に行ってくる」

と父親に言って夕方4時からの耳鼻科に飛び込んだんですが、ものすごい人でしかも予約なし、いつ見てもらえるかも分からない。

その耳鼻科では子どもさんが多いからか、延々と子供向きのアニメとか流してるんですよね。
地震どうなったのかなと思いながらも、ぼーっとする頭でエンドレスでトムとジェリーを見てました。
当時使ってた、つい最近まで使ってたウィルコムのPHSはそこの耳鼻科では電波が入らなかったんですよ。

そうしてやっと診てもらい、アレルギーの検査で採血ってなったら、その看護師さんが下手で下手で・・・温めたタオルで腕を温めたり色々しながら、まじめに小一時間かかってやっと採血してもらい、帰りにお弁当買って実家に戻ったのがもう夜の9時近かったような気がします。

それからテレビ見ながら父親とお弁当食べて、帰ってしばらくしたらととろさんが帰ってきたのかな。
その数時間、テレビを見てない間に信じられないようなことになってました。

ととろさんの実家のある栃木ともしばらく連絡がつかず、心配したなあ。

今日は地震はなかったしいかなごも炊いてないけど、休みで家にいながらやっぱり花粉症で苦しんではいます。
地震はもう来てほしくないなあ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です